生物学的製剤(バイオ医薬品)による治療法Biopharmaceutical treatment

生物学的製剤(バイオ医薬品)による乾癬の治療
生物学的製剤を用いる乾癬治療では、「抗体」の入った液体の薬を注射や点滴で定期的に打つことで、全身の炎症反応を抑え乾癬の症状を緩和していきます。
- 多くの場合、自己注射といって、患者さんが自宅で自分で注射を打つのが基本となります。
- 抗体のターゲットは、人体の作り出す、炎症反応促進の命令を伝えるための特定の分子で、薬によって標的となる分子の種類が異なります。
- 乾癬の種類によって、使用可能な生物学的製剤の種類が決められています。
- 塗り薬、光線療法、飲み薬でも十分な効果が得られなかった重症の方が対象となります。
- 成人が使用対象となりますが、セクキヌマブのみが6歳以上の小児で使用が認められました(2021年11月現在)。
生物学的製剤(バイオ医薬品)という言葉はあまり聞きなれないと思いますので、本ページ下段で解説していきます。
乾癬の生物学的製剤(バイオ医薬品)一覧
有効成分名順│随時更新中(最終更新
2021年10月
)
尋:尋常性乾癬、関:関節症性乾癬、膿:膿疱性乾癬、紅:乾癬性紅皮症
有効成分名(一般名) | 製剤名 | 適応疾患 | 標的 | 先行/ 後続 |
用法 |
---|---|---|---|---|---|
アダリムマブ (Adalimumab) |
ヒュミラ (Humira) |
尋、関、膿 | TNF-α | 先行 | 皮下注射 |
アダリムマブBS※ が2種 | 尋、関、膿 | TNF-α | 後続 | 皮下注射 | |
イキセキズマブ (Ixekizumab) |
トルツ(Taltz) | 尋、関、膿、紅 | IL-17A | 先行 | 皮下注射 |
インフリキシマブ (Infliximab) |
レミケード (Remicade) |
尋、関、膿、紅 | TNF-α | 先行 | 点滴 |
インフリキシマブBS※ が5種 | 尋、関、膿、紅 | TNF-α | 後続 | 点滴 | |
ウステキヌマブ (Ustekinumab) |
ステラーラ (Stelara) |
尋、関 | IL-12p40 および IL-23p40 |
先行 | 皮下注射 |
グセルクマブ (Guselkumab) |
トレムフィア (Tremfya) |
尋、関、膿、紅 | IL-23p19 | 先行 | 皮下注射 |
セクキヌマブ (Secukinumab) |
コセンティクス (Cosentyx) |
尋、関、膿 | IL-17A | 先行 | 皮下注射 |
セルトリズマブ ペゴル (Certolizumab pegol) |
シムジア (Cimzia) |
尋、関、膿、紅 | TNF-α | 先行 | 皮下注射 |
チルドラキズマブ (Tildrakizumab) |
イルミア (Ilumya) |
尋 | IL-23p19 | 先行 | 皮下注射 |
ビメキズマブ (Bimekizumab) |
ビンゼレックス (Bimzelx) |
尋、膿、紅 | IL-17A および IL-17F |
先行 | 皮下注射 |
ブロダルマブ (Brodalumab) |
ルミセフ (Lumicef) |
尋、関、膿、紅 | IL-17 受容体A | 先行 | 皮下注射 |
リサンキズマブ (Risankizumab) |
スキリージ (Skyrizi) |
尋、関、膿、紅 | IL-23p19 | 先行 | 皮下注射 |
※ BS:バイオシミラーの略
生物学的製剤(バイオ医薬品)とは?
「薬をつくる」という言葉には2つの意味があります。
一つ目は、ある病気を治すために新しい分子の形をした治療薬を「創る」ことで、これを創薬と言います。もう一つは、全国の患者さんの元へ薬を届けるために質の良い薬を大量に「造る」ことで、これを製造といいます。
「製造」の過程で、生き物の細胞(微生物、動物の細胞)を大量に培養し、それらに目的の成分を作らせることで治療薬を造る手法があります。この手法で造られた薬が生物学的製剤(バイオ医薬品)です。
現在、生物学的製剤以外の多くの低分子の薬は、製造過程で細胞の培養は行わず、代わりに化学合成(化学反応を繰り返して分子を作ること)によって薬を造っています。この点が、他の薬と生物学的製剤の大きな違いの一つとなります。
薬の種類 | 製造手法 |
---|---|
生物学的製剤 (バイオ医薬品 ) |
細胞培養 (細胞に薬を作らせる) |
他の低分子の医薬品 | 化学合成 (化学反応を繰り返す) |
どんな薬があるの?
生物学的製剤のメインはタンパク質(抗体、ホルモン、酵素など)です。
タンパク質は、分子のサイズが大きくその分構造が複雑になるので、化学反応を繰り返す手法では患者さんに行き渡るだけの量を確保するのが難しく、手間や予算も大きなものになってしまいます。そのため、薬として大量に造りだすには、目的のタンパク質を合成できるよう調整された細胞を使って薬の製造をする必要があります。
乾癬の治療で用いられる生物学的製剤は、全て、抗体を薬効成分としています。
タンパク質ってなに?
タンパク質は、生き物の細胞によって作られるかなり大きなサイズの化学物質で、核にある遺伝子の配列は実はこのタンパク質の直接的な設計図となっています。
病原菌を倒すためのミサイルのような働きをする抗体、化学物質を切ったりくっつけたりする酵素、生物が動く原動力であるモータープロテイン、PCRで大活躍をするDNA合成酵素などなど、タンパク質にはさまざまな働きをするものがあります。
生物学的製剤はどうやって製造するの?
生物学的製剤の設計図となる遺伝子を、微生物や多細胞生物の細胞の中に組み込み、「目的となる薬を作ることのできる細胞」を準備します。
この細胞を、大きな容器の中で培養して、薬を大量に作らせます。そして、細胞を回収し、目的の薬だけとなるよう、細胞由来の不要な不純物を綺麗に取り除きます。この過程を精製と呼びます。
精製された純度の高い薬を滅菌し、ある程度保存が効くような状態にします。
こうして作られた生物学的製剤が、注射器や点滴などの中に入り、使いやすい状態になって、我々のもとに届くわけです。
なんで”バイオ”とつくの? 薬はすべてバイオテクノロジーが関連してるんじゃないの?
「薬は、すべてバイオテクノロジーが関連してるじゃないの?」と思われるかもしれません。 確かに、新しい薬を開発する際や、臨床試験の過程では、バイオの技術を利用することがたくさんあります。
一方、薬の開発後、製品として多くの患者さんに使用してもらうために大量に製造する段階では、バイオテクノロジーではなく化学反応を用いて製造する方が簡便で費用も低く抑えられます。費用が抑えられれば、患者さんの金銭的負担も減ることにつながります。分子サイズの小さな薬は、まさにこの手法で造られていて、この製造過程では生物(細胞、バイオの技術)を使いません。
しかし、化学反応による製造が可能な薬は、分子サイズの小さなものに限られます。タンパク質は、これらの分子に比べはるかにサイズが大きく複雑な構造をしており、化学反応による大量製造が難しいのが現状です。
そのため、タンパク質を有効成分とする薬を製造するためには、生物の細胞内でのタンパク質合成が必要不可欠となります。 生物の力を借りて薬を作るので、バイオ医薬品(生物学的製剤)と呼ばれるわけです。
なぜ生物学的製剤は他の医薬品より費用がかかるの?
生物学的製剤は、他の薬に比べ費用が高価なものになります。
理由は、生物学的製剤を製造するのに、設備、場所、時間、手間ひま、技術などに大変なコストがかかるからです。
まず、無菌的な状態で、目的の培養細胞のみを大量に増殖させねばなりませんが、これには多くの労力とお金がかかります。
目には見えませんが、我々の身の周りはたくさんの微生物で溢れています。空気中、皮膚の表面、服、髪、机の上など、ありとあらゆるところに微生物は存在しています。
医薬品の工場では、大きなスケールで、これらの雑菌がいないような状況を人工的に作り出し、細胞の培養を行っているのです。
次に、培養した細胞から薬の成分だけを取り出す精製と呼ばれる過程になります。生命活動を行っていた細胞の中には、多種多様な化学物質がたくさん存在しています。患者さんの身体のなかに入れても問題が無いよう、余分な物質を可能な限り取り除き、不純物のない綺麗な状態にする必要があります。
精製されたきれいな薬は、溶液中の余計な雑菌を取り除いた後、最終的には医療従事者や患者さんが使いやすいような点滴や注射などの中に入れられます。
生物学的製剤の主成分であるタンパク質は、非常に壊れやすく、熱や光によって容易に変性してしまうか弱い分子です。そのため、薬の効果が下がらないよう注意を払われながら、患者さんの近くの医療施設や薬局へ届けられることになります。
このように、生物学的製剤は、大変手間と労力がかかる工程で作られるため、他の医薬品に比べどうしても費用が掛かってしまうわけです。
生物学的製剤(バイオ医薬品)はどこで処方してもらえるの?
生物学的製剤は、全ての医療機関で処方してもらえるわけではありません。
乾癬治療の場合、日本皮膚科学会から乾癬生物学的製剤使用承認施設として認めらえた医療施設でのみ、処方してもらうことができます。
承認施設は、皮膚科学会のHPから調べることができます。以下のURLから確認してみてください。
公益社団法人日本皮膚科学会 乾癬生物学的製剤使用承認施設
https://www.dermatol.or.jp/modules/biologics/index.php?content_id=4#syounin
ジェネリックはあるの?
生物学的製剤にも、一般的な医薬品にとってのジェネリック医薬品に相当するものがあります。これをバイオシミラー(バイオ後続品)と言います。
バイオシミラーは、最初に発売された生物学的製剤の特許が切れた後、他の製薬会社が販売する生物学的製剤のことです。
生物学的製剤は、先行薬と同じ成分でできており、同等の効果と安全性があると言われています。価格も先行薬の7割程度と若干安くなっています。
薬の種類 | 始めに販売された薬 | 先発品の特許が切れた後に他社が販売する薬 |
---|---|---|
他の低分子の医薬品 | 先発医薬品 | ジェネリック医薬品 (後発医薬品 ) |
生物学的製剤 (バイオ医薬品) |
先行バイオ医薬品 | バイオシミラー (バイオ後続品) |
なんで冷蔵庫に入れるの?
簡単に言うと、タンパク質自体がそもそも「悪くなり易い性質の分子」だからです。
分子サイズの小さな一般的な薬の中には、カラカラに乾かしたり(粉薬)、その後カチカチに固めても(錠剤)、ある程度の期間、常温でも悪くならないものがたくさんあります。
一方、タンパク質は、熱、温度変化、光、空気(酸素)などに非常に弱く、構造を保つのが難しい分子として知られています。
光の中には紫外線をはじめとする、分子の結合を破壊する種類の光線がたくさんありますし、空気や液体に含まれている酸素も分子の結合を破壊する性質があることが知られています。
バイオ医薬品が溶けている溶液が、凍った後、溶けて液体に戻る際に、有効成分のタンパク質がズタズタに切られてしまうこともあります。
これらの分子化学的な性質のため、多くのバイオ医薬品は、暗所かつ”水が凍らない、かつ、できるだけ低い温度”に保つ必要があるのです。